JCA-NET声明:国連サイバー犯罪条約に反対します

国連サイバー犯罪条約に反対します

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本年9月の国連総会において長年物議を醸してきた国連サイバー犯罪条約が提案され可決される見通しといわれている。2017年以来、この条約をめぐっては多くの疑問や危惧が示されながら、本年8月に、起草のための特別委員会において最終案が確定され、総会での採択に付されることになり、条約制定に大きく踏み出すことになった。

JCA-NETは、これまでも世界中の人権団体などとともに、本条約がグローバルな監視体制を格段に強化し、結果として私たちのコミュニケーションの権利をはじめとする基本的人権を大きく侵害することなど、批判を表明してきた。また、憲法21条の通信の秘密条項等と相容れないことなど、多くの問題点と危険性を指摘してきた。しかし残念ながら、私たちの要求は事実上無視された。JCA-NETは、あらためて、日本政府に対して以下を強く要求する。

(1)日本政府は、9月の国連総会における国連サイバー犯罪条約の採択に反対すること
(2)内閣は、憲法に反する条約の締結を認められていない。国連サイバー犯罪条約が国連総会で採択され、各国による批准の手続きに入った場合、日本政府は条約を締結しないこと
(3)日本政府は、国連サイバー犯罪条約が求めている国内法の整備に応じるべきではなく、むしろ、国際的な人権基準すら満たしていない日本国内の刑事司法分野における人権侵害の現状を改善すること

以上
2024年9月9日
JCA-NET理事会

国連サイバー犯罪条約の問題点と要求の背景
以下、上記の要求の背景をいくつか説明するが、全てを尽しているわけではない。

(1)通信の秘密を侵害する

条約の締結は、憲法73条によって内閣にその権限が委ねられている。しかし、憲法98条により、憲法に反する場合は条約の締結はできない。

国連サイバー犯罪条約は、情報通信システム上に蓄積されているデータのみならず、現に行なわれている通信へのリアルタイムでの傍受を可能にするよう義務づけている。この条約の趣旨は、ごく限定された例外的なものではなく、情報通信テクノロジーを利用した犯罪と疑われる事象を、広範囲にわたって捜査機関が監視できる権限を与えるものである。これは、憲法21条「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」および、この憲法の規定に基づく電気通信事業法4条「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」との明文規定を否定するものである。本条約の締結・批准のプロセスが引き金となって、盗聴法(通信傍受法)、電気通信事業法をはじめとする国内法の改悪に繋がり、ひいては憲法の通信の秘密規定そのもののより一層の形骸化を招くことになる。

(2)令状主義の死

また、条約草案は捜査機関による迅速な対応を求めている。憲法35条では、住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利を定め、「正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない」とあるように、場所と物を明示する令状を必須条件としている。しかし条約では迅速性を理由に、この裁判所の手続きを経ないで捜査を可能にすることが意図され、更に、場所も物も明示しない捜索を可能にするものであり、令状主義と明らかに抵触する。現状においても、すでに人権の保護措置としての令状主義の形骸化が指摘されているなかで、この条約は、人権の保護措置を更に一層脆弱なものにする。

(3)法執行機関に過剰な権限を与えており、人権へのより一層の侵害がもたらされる

本条約23条において、この条約を批准することによって、この条約が義務づけている法執行機関の権限について、立法その他の措置をとることを義務づけている。対象犯罪は、この条約で明記された犯罪類型を越えて、「情報通信技術システムを利用して行われたその他の犯罪」や「あらゆる犯罪の証拠を電子的な形で収集すること」に及んでいる。

本条約が対象とする法執行機関による捜査の範囲は、情報通信インフラへの違法行為に限定されていない。情報通信インフラを手段とした犯罪も対象とされるために、ほぼあらゆる犯罪が対象になる。したがって、リアルタイムでの盗聴や網羅的なデータの把握と蓄積、国外との連携など幅広い権限を法執行機関に保障するように国内法の改正が義務づけられる可能性がある。

本条約は、コミュニケーション領域全体を対象とする法執行機関の権限強化である。そのために、この国連サイバー犯罪条約においては、「話し合う」ことを犯罪化しようとする流れが「共謀罪」の枠を越えて、ほぼすべての刑事事件の捜査にまで拡大される恐れがある。

(4)海外との捜査共助が国境を越えた人権侵害に加担する可能性がある

私たちは、日本政府や法執行機関が、この条約を手段として、より一層の移民・難民への迫害を強化しかねないことを非常に強く危惧している。

2023年に国連人権理事会の移民の人権に関する特別報告者、宗教と信条の自由に関する特別報告者、恣意的拘禁作業部会は日本の入管難民法が国際人権基準を満たさないとの厳しい批判を出した。しかし、日本政府はこの勧告を受け入れず、極めて閉鎖的な国境管理政策をとり続け、入管当局による人権侵害も深刻なままだ。

国によっては、反政府的な言論や思想信条への厳しい言論規制を行う場合がある。日本が海外の抑圧的な政府と連携して、移民や難民などに対して、その動静の監視から身柄拘束や強制送還に至るまで、権利の脆弱な人々を更に迫害することに加担する恐れ増す可能性がある。

他方、本条約によって、国際的な捜査協力を通じて日本への被疑者の移送がより容易になった場合、被疑者は、国際基準を満たさない日本の司法制度の下に置かれることになる。

(5)コンテンツ監視は検閲であり、表現の自由、思想信条の自由への侵害である

本条約では、たとえば子どもの性的搾取の取り締まりなどを目的として、コンテンツへの監視を強化することが主張されている。子どもの性的搾取は深刻な問題であるという認識は私たちも共有するが、その手段として、コンテンツの監視を可能にするような強制力を捜査機関に与えるべきではない。

性的搾取の背景には、性暴力、家父長制的なジェンダー不平等、性の多様性の否定などの日本社会の差別構造があり、こうした制度の変革なしには子どもの性的搾取はなくならない。日本政府はこうした社会構造の保守的な側面を擁護しつづけている。子どもの性的搾取への対応という本条約の規定は、法執行機関によるコンテンツ監視を正当化するための口実に利用されるに過ぎないのではないか。いったんコンテンツへの監視が法的に容認された場合には、この同じ監視の技術が、性的マイノリティ、政府に対して批判的な立場をとる個人、団体、更にはジャーナリストへの監視に転用されかねない。しかも、未成年者たちの正当な性的なコミュニケーションすら監視対象にされかねない。

(6)法執行機関の捜査の透明性や検証が行なえない

本条約では、法執行機関が通信事業者に協力させるなどした場合においても、通信事業者に守秘義務が課される。日本では既に国内法でこうした守秘義務を課すことが可能だが、これがより一層強化される可能性がある。しかも、先に成立した経済安全保障のセキュリティ・クリアランスの制度と連動することによって、こうした実態を通信のユーザーである私たちが把握しえないという事態が、より一層構造化され、民間の経済活動全体への政府による監視が一方的に強化されることになるだろう。

政府に監視されない自由な通信は、民主主義の基盤である。この基盤そのものが、より一層脆弱なものになる。

国連サイバー犯罪条約についての基本データ(英文)

総会にかけられる条約草案
https://documents.un.org/doc/undoc/gen/v24/055/06/pdf/v2405506.pdf

条約草案の検討委員会(Ad Hoc Committee)
https://www.unodc.org/unodc/en/cybercrime/ad_hoc_committee/home

JCA-NETが参加した共同声明、共同書簡(日本語訳)

Date: 2024年9月9日

Author: JCA-NET理事会

Created: 2024-09-08 日 20:36

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